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鬼門の由来と意味

2013年03月23日 11:59

 このページでは、鬼門の由来と意味についてご紹介しています。


 なにか苦手なものや敬遠したくなるもの、関わりあうとロクなことがないものに対して”あれは鬼門(きもん)だ”といった言い回しをすることがあります。では、そもそも鬼門とはどういう意味なのでしょうか。どんな由来があるのでしょうか。

 なんとなく近寄りたくないもの、関わりたくないもの、関わりあうとロクなことがないものといったニュアンスで使われることの多いこの鬼門という言葉の由来と意味について調べてみました。


 鬼門とは?

 鬼門という考え方は、もともと中国から伝わったもので、ウィキペディアの鬼門のページよれば、古代中国の書物”山海経”にある物語が元になっているのだそうです。

 ”山海経”には、東海にある度朔(どさく)という山の頂上に大きな桃の木があり、その枝の北東は多くの鬼が出入りするところという記述があるそうです。このことから鬼、つまり邪悪なもの不吉なものが集まる場所のことを鬼門と呼ぶようなったと考えられています。

 鬼門には、すでにご紹介した山海経を由来とする説のほかに、家の中心から見て北東にあたる位置に水とかかわりのあるものを置くと季節風によって家の中が不衛生になることから、北東を鬼門と呼ぶようになったという説もあるそうです。

 日本で鬼門といえば、先ほどご紹介した苦手なものや敬遠したくなるものといった意味の他に、不吉なものが集まる北東の隅という意味がありますが、この考え方の源流はこの中国の鬼門からきたものであることは確かなようです。
 

 ところが、ウィキペディアの鬼門のページでは、こうも書かれています。
 

 ”鬼門は中国から伝来した考え方であると思われているが、現在では、日本(沖縄を除く)のみで忌み嫌われている方位観であり、中国風水では土地や住宅の北東方位を恐れてはいない”

 これが事実なら、中国では必ずしも北東の方角そのものを鬼門とは考えていない、ということになります。すでにご紹介したように、日本では北東の方角を鬼門として忌み嫌いますが、この違いはどこから生まれたのでしょうか。


 そこには、かつて日本で隆盛を極めた陰陽道との関係が考えられています。


 陰陽道と鬼門との関係

 鬼門という考え方が中国から日本に伝わった後、日本では平安時代中頃から方位の吉凶を占ったり、邪気を祓ったりする陰陽道が盛んになりました。

 陰陽道とは、自然界の万物はすべて陰と陽のふたつの気から生まれたものとする陰陽思想と、万物は木、火、土、金、水の五行からなるとする五行思想が融合した中国の陰陽五行説に基づいて、日本独自の発展を遂げた自然界の物事の吉凶を占う思想体系のことを言います。

 この方角の吉凶を占い邪気を祓う陰陽道と中国から伝わった鬼門という考え方が融合して、日本では、不吉な方角とされる北東そのものを鬼門と呼ぶようになったのではないかと考えられているようです。


 ちなみに、日本では鬼門には表と裏があると考えられていて、鬼門に当たる北東の方角を”表鬼門”、その反対に当たる南西の方角を”裏鬼門”と言います。


 この表鬼門、裏鬼門は不吉なものの通り道と考えられていて、家を立てる場合などには。この表鬼門、裏鬼門の方角に、玄関やトイレ、風呂場などを配置してはならないとされています。このあたりは、中国の風水にもある考え方と共通している部分ですね。

 また、こうした鬼門を封じて国の安泰をはかるために平安京遷都の際に建立されたのが比叡山の延暦寺でることは良く知られています。その後江戸幕府もこれにならって、江戸城の鬼門に当たる方角に東叡山寛永寺を建立したということです。


 今回は、鬼門の語源と意味についてご紹介しました。



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