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節分の豆まきの由来と起源

2011年01月08日 06:31

 このページでは、節分豆まきの由来と起源についてご紹介しています。


 毎年2月3日の節分(せつぶん・せちぶん)の日になると、日本では多くの家庭で豆まきを行う風習があります。また、多くの神社やお寺では、節分の日になると、その年の年男(その年の干支生まれの男性)が参拝者を前に豆を投げる豆まきの行事が行われます。

 節分とは、もともとは、立春(りっしゅん)、立夏(りっか)、立秋(りっしゅう)、立冬(りっとう)と呼ばれる、季節の節目にあたる日の前日を指す言葉でしたが、現在では節分といえば、主に立春の前日を指し、この節分を境にして暦の上では春になります。

 節分の豆まき由来と起源は、古代の中国で邪気(邪鬼)や疫病などを払うために行われていた”追儀(ついな)”と呼ばれる儀式にまで遡るといわれています。

 古代中国では、邪気(邪鬼)や疫病を払うために、鬼の面を被った人を桃の木の弓矢で追い払う追儀(ついな)と呼ばれる儀式が行われていました。

 この儀式が、日本に伝わったのは奈良時代の頃といわれ、平安時代の頃には宮中の大晦日の行事として定着していったようです。

 この宮中で行われていた大晦日の行事が元になって、室町時代の中期頃には、旧暦で新年にあたる立春の前日の節分に行う豆まきの風習へと変わり、江戸時代の頃になると、ほぼ現在行われている豆まきの行事に近い形で一般庶民の間にも広まっていったとされています。

 節分の豆まきでは、”鬼は外、福は内”のかけ声とともに”福豆”と呼ばれる煎った豆がまかれますが、これは季節の変わり目には邪鬼や妖怪、悪霊などが集まって疫病や災いをもたらすという古来からの考えから、煎った豆で邪鬼や妖怪、悪霊などを追い払うことができると信じられていたことに基いて生まれた風習だと言われています。

 そして、まかれた福豆を自分の年の数だけ、地域によっては自分の年の数よりもひとつ多い数の豆を食べると、自分の体から邪鬼を払い疫病にも負けない力が備わると信じられています。


 今回は、節分の豆まきの由来と起源についてご紹介しました。
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